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2015年10月30日

モデル事務所 NMT inc. インタビュー特集 第5回 中田有紀

中田有紀インタビュー

所属モデルをより深く知って頂くことを目的としたインタビュー特集。
第五回目は、中田有紀(なかだゆき)のインタビューをお届け致します。

 

「表現者としての私を追い求めて」 中田有紀

独創的。
ビューティーモデルの中田有紀にふさわしい言葉を一つだけ選ぶなら、それに尽きるだろう。
インタビューを通じて、次々と個性溢れる答えが返ってきた。
それらの答えはどれも、中田の揺るぎない確信から来るものだと思う程、ただならぬ力強さを感じる。

「変わってる、っていうのは褒め言葉だと思うんですよ」
小さい頃から周囲の人にユニークだと言われて育ったという中田。
幼稚園生の頃から早くも、「普通でいること」に疑問を持ち始めていたという。
強い芯がすでにその頃から確立されていたのだろうか。

それから、少し笑いながら言った。
「モデルを目指す前、実は雑誌の編集者になりたかったんです」
中田は小さい頃から、雑誌の世界に興味を持っていた。
様々な雑誌の見出しを見比べながら、自分ならどんなタイトルをつけるだろう、などと考えることが多かったという。
いつも中田の頭にあったのは、いかにして読者に魅力的と捉えてもらうことができるのかだった。
一読者であるにもかかわらず、中田の視点は編集者のそれであった。

高校を卒業した後も、中田の雑誌編集への興味は続いた。
そこで、編集の現場に近づくべく取った選択肢が、自らがモデルになること、だった。
それからモデルとして活躍するうちに、そのやりがいに目覚めるようになる。

小さい頃から、自分を表現することが得意だったこともあり、モデルとしての実績を着々とあげていった。
雑誌に掲載されている自分の写真をみて、親戚や友達が「有紀、見たよ」と声をかけてくれることが多くなるにつれ、期待に応えたいという思いも強くなっていった。

表情を一ミリ単位で変化させることを求められる世界。
中田は表現者として、いかにクライアントのオーダーに応えられるかを念頭に置き、普段の練習に力を入れている。

淡々と話す中田に思わず私は問いかけた。
なにがそこまで中田を駆り立てるのだろうか、と。
「人を喜ばせるのがとにかく好きなんです」と中田は言う。
普段、落ち込んでいる友人がいたら、励ますこともよくあるという。

続けてこんなことを言った。
「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄のごとし」
神様がもしいたとしたら、そんなに嫌な存在ではないはず、という。
もし人の二倍嫌なことがあれば、その分、二倍いいことがあるのが人生なのだ、と。
あまりに確信的にそう話すので、ふと私は考えた。
果たして、自分自身に迷うことはないのだろうか、と。
その問いに対して中田は、過去を振り返って後悔することはない、という。
たとえ間違いであったとしても、その時に自分が決めたことならば、それは絶対に正しいのだ、と。
そして中田は力を込めて言った。
竹のようにしなやかな人でありたい、腐ったら負けだと思うから、と。

中田の夢は、モデルとしての人生を、ひ孫に自慢することだ。
「昭和、平成に続いて、次と更にその次の時代まで生きたい」
その時に見せる写真は何だろうと思いを馳せて、中田はこれからも数々の作品を生み出していくことだろう。

私はインタビューが終わる頃、中田が高橋是清宰相の玄孫であるということを知った。
更に祖父は箏曲(そうきょく)の人間国宝だという。
中田が次の、更にその次の時代まで生きたいと願うのは、そのような家系に生まれたことも関係するのかもしれない。
そして、インタビュー中において、数々の質問に対して確信を持って話せるのも、もしかしたら中田のもつ遺伝子がそうさせているのではないか。
ついそのように思ってしまうほど、中田は聡明な佇まいだった。

☆中田有紀 プロフィール☆

(執筆)加藤陽太郎 クリエイティブディレクター。1984年生まれ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了後、日本郵便株式会社本社勤務を経て独立。
メディア関連企業の戦略策定や企画のプロデュースをはじめ、執筆や写真撮影によるコンテンツ制作を手がけている。

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