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2016年4月5日

モデル事務所 NMT inc. インタビュー特集 第18回 三枝こころ

三枝こころインタビュー
所属モデルをより深く知って頂くことを目的としたインタビュー特集。
第十八回目は、三枝こころ(さえぐさこころ)のインタビューをお届け致します。

 

「今日までのアプローチを超えて」 三枝こころ

能登半島の中央に位置する、石川県穴水町。
ファッションモデルの三枝こころは、自然豊かな町で生まれ育った。
幼少期は兄達に連れられ、近所の山々で遊ぶ毎日だった。

三枝は中学生になり、卓球部に入部した。
「友達に誘われて入ったんです」
入部当初はあまり乗り気ではなかったようだ。
「でも、やるからには結果を出したかった」
早朝は授業開始前の1時間半、放課後は19時まで練習した。
土日は試合で遠征にも行った。
「元旦以外、休みなんてなかったな」
その結果、三枝は全国大会でベスト16の記録を叩き出した。

三枝は卓球を通じて、様々な事を学んだようだ。
「どれだけ、相手の意表をつけるかが勝負なんです」
卓球で培った経験こそ、その後の三枝の活躍を支える礎となった。

短大を卒業後、三枝は幼少期からの憧れだったモデルを志した。
「なんとなく、私はモデルになれるっていう自信がありました」
三枝はもしかしたら、卓球と同様、自分ならではのシナリオを秘めていたのかもしれない。

晴れて事務所に所属が決まり、レッスンの日々が始まった。
三枝の努力は、一線を画した。
レッスンを人一倍こなした三枝は、次々と大手企業のCMを獲得した。
次に三枝が目指したのは、ファッション誌での活躍だった。
顔見せの為、スタッフと多くの出版社を回った。
しかし、ファッション誌で要求されるものは、CMのそれとは異なり、当初は中々上手く行かなかった。
それでも三枝は、諦めなかった。
「自分には、絶対できる」
卓球に打ち込んだ頃と同様、三枝は自分を信じ続けた。
スタッフと共に、一枚一枚の写真をチェックした。
有名モデルのポージングの研究も欠かさなかった。
そして、自分自身を客観視する術を徹底的に学んだ。
「ある時、自分に何が求められているか感覚的にピンと来たんです」
間もなくして、憧れだったファッション誌の出演が決まった。
それを皮切りに、CMのみならず、雑誌での活躍の場も広げていった。

三枝の強さの秘密は一体どこにあるのだろう。
それについて、三枝はこう言った。
「つまりピンポンですよ、ピンポン。卓球と同じ事です」
何かアドバイスをもらったら、必ず自分の言葉で応える事。
自分が本気で取り組めば、相手も必ず本気で返してくれる。
そのような「本気のやりとり」を指し、三枝はピンポンと表現した。
「打たれたら必ず打ち返す。その繰り返しなんです」

三枝は上京してから、ゴルフを始めた。
そのゴルフもかなりの腕前となり、今では仕事の一つにまでなっている。
「例え趣味であっても、とことん追求するから楽しいんです」

三枝はこんな事も言った。
「何をするにも、他の人の結果は気にしません」
仕事にせよ、スポーツにせよ、対戦相手は自分自身だ、という三枝。
これまでの自分を乗り越える為に、新しい自分を創り出す。
築き上げてきた事を一旦壊すことすら辞さないという。

最後に、ゴルフに例えて三枝は言った。
「勝負って、アプローチで決まるんですよ」
誰よりも自分を信じる事が、ショットの精度に表れる。
見る人をあっと驚かせる程のベストショット。
三枝がモデルとして、多くの人達を次々と魅了して止まないのは、コンマミリ単位の改善を繰り返し続けている結晶なのだ。
☆三枝こころ プロフィール☆

(執筆)加藤陽太郎 クリエイティブディレクター。1984年生まれ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了後、日本郵便株式会社本社勤務を経て独立。
メディア関連企業の戦略策定や企画のプロデュースをはじめ、執筆や写真撮影によるコンテンツ制作を手がけている。