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2019年11月26日

NMT inc. インタビュー特集 第33回 幣原あやの

幣原あやのインタビュー

所属モデルをより深く知って頂く事を目的としたインタビュー特集。
第三十三回目は、幣原あやの(しではらあやの)のインタビューをお届け致します。

「一歩前へ、そして高く」幣原あやの

現在、過ごしている日々は、過去からの延長線上にある。
その事について疑問に思う人はいないだろう。
もしもあの時こうだったらと、過去を振り返ることで「違う今」に思いを馳せる事もある。

ファッションモデル、幣原あやの。
幣原は、高校時代を振り返ってこう語った。
「もしあの時、雑誌のオーディションに応募していなかったら、今頃何をしているんだろう」
当時16歳だった幣原。
ファッション誌「セブンティーン」のオーディションが10年ぶりに開催されると知り、迷うことなく応募した。
「なにがなんでも、という思いで応募しました」
決して、前に出るようなタイプではなかった、と言う幣原。
しかし、だからこそ、何かを変えたかった。
書類審査、カメラテスト、そして誌面での読者投票。
幸運にも幣原はグランプリを獲得。
専属モデルとして採用され、記者発表を行った。
「あの時の緊張感は、今思い出してもやはり特別なものでした」

専属モデルデビュー後、幣原の人気は瞬く間に広がった。
いわば、当時の女子高校生たちの中での「モデル」そのものだった。
熱狂的なファンたちがいたことで、渋谷の109に出かけるにも慎重になるほどであった。
おそらく幣原には、同世代の女性たちの「モデル」であるという自覚があったのだろう。
決して驕り高ぶる事もなく、ただひたすら期待に応えようと、表現力に磨きをかけた。
「自分が変化していくのを、その時感じたんです」
読者とモデルとでは、立ち位置が違う。
雑誌を見るのではなく、見られる、という感覚にシフトしていく。
「とことんやってみようと思いました」
誰かに言われてやるのと、自らの意志でやるのとではまるで違う。
それは幣原自身がよく理解していた。

短大進学後も、モデル活動を続けた。
がむしゃらに駆け抜けていたことで、青春を謳歌するゆとりはなかった。
「ふと、ある時に思ったんです。もし、モデルをしていなかったら、私はどうなっていたんだろうって」
一つの事に本気で打ち込んだからこそ、そんな疑問を抱いたのであろう。
二十歳を越えた時、モデルとして求められる要素が自分にはあるのだろうか。
客観的に自分を省みるにつれ、幣原は一つの決断に至った。
「モデルをやめて、一般企業に就職することにしたんです」
会社員としてのふるまいを求められること。
幣原にとっては全てが新鮮だった。
一日いちにちを、とにかく一所懸命働くことに集中した。

そしてある日、ふと、こんな想いが浮かんだ。
モデルの道を選んだのも、企業に勤めてみようと思ったのも、すべて自ら決断したことだった。
それぞれの道は、どちらも魅力的だった。
「ただ、私が16歳の時にモデルになると決めたことは、確かな強い意思だったと改めてわかったんです」

多感な時期をモデル活動に捧げた幣原は、一度現場を離れてもなお、モデル業に魅了されているのを再認識したのだ。
「そんな風に、モデル活動を客観視できたのは、やはり一度就職したおかげだと思います」

復帰したのち、NMT inc.に移籍。
初心に戻った幣原を待っていたのは、基礎からの訓練だった。
「がむしゃらに活動していた高校時代とは、求められる要素が大きく違ったんです」

もう一度モデルを職業にしよう、そう覚悟を決めた幣原は、いわば持久走のような、安定した結果が求められるようになった。
「オフの過ごしかたも変わりましたし、気持ちの切り替えも工夫するようになったんです」
かつては思うようにいかず、落ち込むこともあった、という幣原。
「でも、今は違います」と幣原は言う。

「勿論、皆んなの期待に応えたい、という思いはあります。でも、それと同様に大切に思うことがあります。
それは、私自身が、モデル業とずっと向き合っていきたい。自分の為にやっているという感覚です」
笑顔でそう話す幣原から感じたのは、独特のしなやかさだ。
決して無理をすることなく、自分のペースで仕事と向き合っていくスタンス。

もう、今の幣原は過去を振り返る事はほとんどないという。
「将来、こんな風になりたいなって、未来を想像する時間が増えたんです」
幣原は今、どんな未来を想像しているのだろう。

インタビューの帰り道、恵比寿駅まで幣原と歩いた。
会話の途中、ふと彼女の方を向いた。
横顔から覗く、少し高い眼差しには、秋晴れの空が透き通って映った。

☆幣原あやの プロフィール☆

(執筆)加藤陽太郎 クリエイティブディレクター。1984年生まれ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了後、日本郵便株式会社本社勤務を経て独立。
メディア関連企業の戦略策定や企画のプロデュースをはじめ、執筆や写真撮影によるコンテンツ制作を手がけている。